博多華丸・大吉27周年記念公演を見て心のふるさとに里帰りできた

私には、生まれ育った大阪以外に、心のふるさとと呼べる場所が2つある。

なぜだかわからないけど、ふっと「帰りたいなあ」と思い浮かぶ場所が。

 

1つは、今年4回目の訪問を予定している、キューバ。

そしてもう1つは、九州。

 

父が宮崎出身なので、宮崎にはもともと馴染みがある。

でも、「帰りたい」と感じるのは、宮崎だけではなく、九州全体なんだ、と気づいたのはメキシコに住んでいたときだった。

 

 

きゅうくつな日本を出て、海外でのびのび働きたい。

20代を、劇団員とフリーターとして過ごし、シングルファザーの彼氏と貧乏な同棲生活も経験した私は、働いても働いても搾取され、一人前と認められない生活に疲れていた。

役者の道を追って東京に出る勇気も、夢だった海外留学をする資金もない。

 

20代半ばで役者を諦めた私は、とうとう何者にもなれなかった半人前のコンプレックスを、海外で働くことで解消しようとしていた。

 

私には、日本が合わなかっただけ。

外の世界で、すべてをリセットして人生をやり直したい。

 

そんな思いで飛んだメキシコだったが、意気揚々と働き始めた日本語学校では、海外に住む日本人同士の、もっときゅうくつな社会が出来上がっていた。

新卒の若い先輩教師に舐められないように、肩ひじを張る、30歳のわたし。

 

人間関係に疲れても、腹を割って話せる友人は、時差が真逆の日本にしかいない。

中南米の文化に触れたくて来たはずなのに、現地採用の給料は安すぎて、旅行にもめったに行けなかった。

 

孤独を感じないために、この国にいる意味を見失わないために、仕事に没頭する毎日。

 

学校から下宿先の小さな部屋に戻ると、テレビもラジオもない静かな時間が流れる。

浮かんでくるのは、職場であった嫌なことばかり。

早く次の仕事を見つけて辞めたい、でも今すぐは辞められない、だってビザがないと日本に帰らなくちゃいけない……。

 

外国で仕事をすることで、「できそこないの社会人」の汚名を返上したかったのに、このまま帰るのは怖い。

自分の居場所がどこにもなくなってしまう。

 

 

堂々巡りの思考を停止するために、いつしかネットで、日本のお笑い番組を見るのが日課になった。

子どもの頃、親にダウンタウンのごっつええ感じや、とんねるずの番組を見ることを禁止されていたので、お笑いにはまったく詳しくなかった。

 

でも私は、日本語に飢えていたし、心からの笑いにはもっと飢えていた。

砂漠でオアシスを求めるように、「なんでもいいから、1日に1回くらいは笑顔になりたい」と切望していたのだ。

 

日本で誰が人気の芸人さんかもわからない中、最初にハマったのはナイツの漫才だった。

同じネタを何回見ても、何回でも笑える。

自分より少し年上なだけの2人が、徹底的にプロフェッショナルなことも衝撃だった。

 

今でもナイツは大好きで、独演会にも行っている。

ちなみに、メキシコでいくらネットで見ていても、本人を応援することにはならないと気づき、帰国後DVDをぜんぶ買って、ネットで見ることは封印した。

 

そのうち、ナイツのネタは覚えるくらいリピートしたので、「ほかにも面白い漫才師はいないだろうか」と探し始めたときにたまたま見たのが、2014年の「THE MANZAI」。

博多華丸・大吉の優勝回である。

 

もちろん、文句なしにおもしろかった。

おもしろかったけど、それだけじゃなく、ひどく心を落ち着かせる何かがあった。

 

きっと、九州弁が懐かしいからだ、と思った。

冷静に考えれば、私が子どもの頃に聞いた宮崎弁と彼らが話す博多弁は、また全然違うのだが、遠いメキシコから見れば「九州を感じさせる人」がいてくれるだけで、もう懐かしい。

 

笑いと安心感の相乗効果を求めて、彼らの漫才を見るうち、「なんしようと?」という番組の大ファンになり、毎日見るようになった。

 

この番組は、福岡で毎週金曜19時から放映されている、博多華丸・大吉の冠番組である。

放送開始は2009年。

当初は30分だったが、今は1時間番組となり、二人が毎週ゲストを迎えて、福岡県内のどこかの町をひたすらぶらぶらする、というロケ番組である(関テレでも木曜深夜0:55から放送されているが、時間が遅くて悲しい)。

 

福岡の人からすると、金曜の夜、家族でごはんを食べながら、のんびり見られる番組といったところだろう。

 

どこにでもあるような、地方の商店街。

駄菓子屋さんに来る子ども。

冬は風が強く、夏は日差しが照りつける、四季の港。

温かくて飾らない地元の人と、同じく飾らずふつうに接する、華丸・大吉の二人。

 

 

福岡から1万2千キロ離れたメキシコから見るその光景は、すべてがファンタジーだった。

当時、私は日本に留学中の夫と遠距離恋愛をしていて、ますます自分がメキシコにいる意味がわからなくなっていたころだ。

 

ここにいることがつらいのに、唯一心を許せる彼が日本にいるのに、私は何をしているんだろう。

 

海外にいて、あんなにホームシックになったのは初めてかもしれない。

心をすり減らしながら働いて、部屋に帰って、ベッドに転がって「なんしようと?」を見ていると、くさくさした気持ちが優しくなっていく。

 

そう、すごく優しいのだ。

東京や大阪から来た、とがった笑いの芸人さんも、この番組に出るとみんな優しくなる。

 

華丸・大吉のふたりは決して誰かを攻撃したりしないし、自分から目立とうとしないし、そしてすごく「ふつう」である。

 

子どもの頃に遊んでくれた、宮崎の親戚の顔が次々と浮かんだ。

男の人も女の人も、大阪とは全然ちがう、優しい言葉づかいで。

人をけなして笑いをとるようなことはせず、他人の良いところは素直に良いと言い、謙虚で、でも芯はしっかりしている。

 

華丸・大吉の二人を見て気持ちが落ち着いたのは、単に九州弁をしゃべっているからというだけではなく、そのたたずまいに、私の中の九州そのものを見ていたからだろう。

 

コンクリートの大阪で育った私には、お盆休みに毎年「帰る」おばあちゃんの家(本当はおじいちゃんの家、やけど)は別世界だった。

 

一軒家のおうちは、階段を上がってもよその家にならなくて、二階も自分たちの家なことに驚いた。

向かいにある駄菓子屋。

空を飛んでいるセミを、2匹まとめて虫取り網でつかまえた叔父さん。

おばあちゃんや兄弟と話すとき、急に宮崎弁になる父。

大阪ではめったに一緒に出かけない母と、たちばな通りでショッピングしたこと。

 

大人になって、役者をやめたあとぐらいに、九州ひとり旅にも行った。

1か月かけて、日南、霧島、屋久島、知覧、熊本、阿蘇、くじゅう、ゆふいん、別府とまわったのだ。

 

 

私は、大阪ももちろん好きだけれど、「日本のいいところ」を考えたとき、まっさきに九州が思い浮かぶ。

自然、人、ごはん、空気。

そこかしこに、神話や歴史が根づく町。

 

高千穂の観光タクシーの運転手さんは、

 

「あそこに小学校がありますでしょ。来年、閉校が決まってるんですよ。過疎でねえ・・・」

 

と言っていて、すごく残念に思った。

どんなにいい土地でも、ずっとそこにいられない事情もあるだろう。

きっと私は九州で生まれていても、海外に出ていたはずだ。

 

でも、「なんしようと?」で、行ったこともない福岡の町を何度も何度も見ながら、いつも私は思っていた。

 

「いつか、福岡に帰ってみたい」と。

 

夫との遠距離恋愛が終わり、メキシコで結婚とビザの手続きをして、日本に帰国したのは2年前のこと。

最初の1年は、新居探しや私の仕事、夫の就職の手伝いなどで、風のように過ぎた。(「よその子とオクラは育つのが早い」と言うけれど、あれは子どもの時間じゃなくて自分の時間が一瞬で過ぎているんだと実感)

 

テレビを見るひま、どころか、テレビを買う余裕すらなかった。

夫の就職が決まったあと、ホッとしたのか私は体調を崩し、退職してフリーライターとなった。

 

時間の余裕ができて、まっさきにやりたいと思ったことは、「華丸・大吉の漫才が生で見てみたい」だった。

 

メキシコから見たら、日本の芸能人なんて、ハッキリ言って外タレである。

あまりに遠い存在過ぎて、それまで思いつきもしなかった。

しかし調べてみると、毎月大阪のNGK(なんばグランド花月)で漫才の出番があることがわかった。

 

大阪って、お笑いの町なんやなあ。

 

そのとき初めて実感し、さっそくチケットをとった。

 

 

最初に彼らの漫才を、生で見たときのドキドキと感動は、ちょっと忘れられない。

まるでブロードウェイの舞台でジム・キャリーを見たような、「この人たち、本当に実在しているんだ」というショック。

 

私はもともと舞台が好きなので、生で見るお笑いの面白さにすぐハマった。

華丸・大吉以外に、テンダラー、大木こだま・ひびき師匠、ザ・ぼんち師匠、桂文珍師匠など、子どものときなんとなくテレビで見ていた人たちが「こんなに面白かったのか」と、目からうろこが何枚落ちたかしれない。

 

毎月毎月、劇場に通って大爆笑をさらう彼らの漫才を見ているうちに、私の中でムクムクとふくらむ想いがあった。

 

「福岡で漫才をする華丸・大吉が見てみたい」

 

年明けに、福岡で「博多華丸・大吉27周年記念公演」がおこなわれることは、すでに知っていた。

行くしかない、と思った。

 

私は、「よしもとプレミアム」(月額料金を払うことで、よしもとの公演チケットが優先的にいい席で買える)の会員だが、それでもチケットが取れない人がいたらしい。

2,000人以上が入る福岡サンパレスの公演チケットは、一瞬で売り切れたという。

 

でも私は、なんとなく、九州の神様にはごひいきにしてもらっている自信があった。

 

ひとり旅のときに九州の神社を参拝しまくったし、結婚式も宮崎の青島神社で挙げた(しかもその週は大雨だったのに、結婚式の日だけ晴れた)。

案の定、「博多華丸・大吉27周年記念公演」のチケットも、1階席の前方寄りど真ん中という、最高の席がとれた。

九州の神様、ありがとうございます。

 

 

1月19日、公演の前日に福岡入りし、まずはアクロス福岡で、フリーランスのためのセミナーに講師のひとりとして登壇した。

Twitterを見て来てくださった福岡の方々が、みんな私に華丸・大吉の話を振ってくれる。

 

そして、口を揃えてこう言っていた。

 

「華丸・大吉って、昔からテレビで見てるし、そこらへんでロケをしていて、いつでも見られる存在だから。東京ですごく有名になって、びっくりしてるのよ」

 

その言い方に、謙遜が含まれているのを感じる。

まるで身近な親戚のお兄さんが有名になったのを、自慢したいけれど身内だからと遠慮しているような。

その証拠に、私が「華大ファン」というだけで、福岡の方々が少し親近感を持って接してくれているのを感じた。

 

やっぱり、二人は本当に地元に愛されているんだな。

そんな福岡で、仕事ができて、おいしいものが食べられて、そして彼らの公演を見て帰れるなんて、本当にラッキーだ。

 

すでにテンションが上がりきっていた私を、その晩、大吉先生と出会わせてくれるなんて、九州の神様もちょっとやりすぎだろう。

 

 

セミナーが成功し、準備から当日の進行に至るまで、何から何までやってくれた大牟田ひとめぐりのメンバーとの、楽しい打ち上げを終え。

 

「華大さんがよく行く屋台があるから、行ってみませんか?」

 

そう誘ってもらった私は、その屋台が「なんしようと?」で何度も見た場所だったこともあり、「ぜひ!」と答えた。

せっかくなので屋台で「締めのラーメン」を食べながら、「ここに二人が来るのかあ…」と妄想にひたって、気持ちよく1日を終えたかったのだ。

 

しかし、まさか屋台に、私の妄想そのままに大吉先生がいるとは、考えもしなかった。

考えもしなかったから、パニックになりつつ、予定通り屋台で締めのラーメンを食べて、持っていた華丸・大吉キーホルダーにサインをお願いした。

 

大吉先生は

「なんで持ってるんですか?」

と聞いてくれたけど、とても、ひとことでは説明できなかった。

 

ただ、救われたんです。

人生で全然笑えなかった時期に、唯一笑顔になれる方法が、あなたたちだったんです。

 

もうそれは、ご本人たちには関係のない、私の個人的な、だからこそ思い入れのある話で、そんなことを長々話すわけもなく、ただ「明日、楽しみにしています」とお伝えするのが精一杯だった。

 

屋台で見た大吉先生は、テレビのまんま、すごくふつうで、いい意味でなんのイメージも変わらなかった(ただ、テレビで見るより異常にイケメンだった)。

 

そんなサプライズすぎる夜が明け、翌日の27周年記念公演も、まさに夢のようだった。

 

まず、会場ロビーにところ狭しと並ぶ、お花の数々。

東京の番組、福岡の番組、福岡で二人がCMしている数々の企業に、個人的に仲が良いのであろうお店のお花まで。

そこかしこに貼られているポスター、今回のために作られた二人のイラスト入りのはっぴに、めちゃイケの数取団で来ていたオリジナル衣装。

まるで「華大博物館」だ。

 

 

さらに、ホールに一歩入って、その広さにも驚いた。

私が毎月漫才を見ている、NGKの客席が900。

福岡サンパレスの客席は、2,300あった。

3階席までいっぱい、立ち見も出ているお客さんたちが、東京からやってきた豪華なゲストの漫才を見ては、どっと揺れる。

 

「華大のために」と集まった芸人さんたち。

「華大のために」とスポンサーになった多くの企業。

そして、「華大のために」全国からやってきた観客。

 

どうやったら、芸能界という、外から見ているだけでも難しい世界で、こんなにも全方位から愛されることができるんだろう。

 

最後に華丸・大吉の二人が登場したとき、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。

ただただ、尊敬しかなかった。

そしてもちろん、心の底から笑った。

 

あの日、メキシコの小さな部屋で、ひとりで自分の笑い声を聞いていたのに。

今、私の声は2,300人の笑いにかき消され、聞こえないほどだった。

 

博多華丸さん、博多大吉さん、27周年、本当に本当におめでとうございます。

 

 

「腰痛持ちと女のひとり旅は、足を伸ばしたがる」らしい。

私も例にもれず、公演の翌日、博多から急行列車に乗った。

 

天神も中洲も博多もすてきな場所だけれど、やっぱり「なんしようと?」に出てくるような、静かな町を歩いてから帰りたい。

ぜひ、ここの神様にはご挨拶しなければ……と、私は大宰府天満宮ではなく、古賀神社に向かった。

 

 

風が吹くと葉っぱがざぁっと揺れる音だけが響く、静かな境内で、福岡旅のすべてに対する感謝を述べると、それ以上余計に足を伸ばすことはせず、帰路についた。

 

夫とも、ひとりでも、たびたび国内旅行はしていたけれど、やっぱり九州だけは特別だ。

だって何度も来たくなるから。

観光地ではなくて、その土地に住む人に会いに行きたくなるから。

 

もし、まだ九州には縁がなくて行ったことがない、という人は、ぜひ、ぜひ行ってみて欲しい。

それから、お笑いが好きだけど、生の舞台で見たことがないという人、絶対に楽しいから行って欲しい。

 

お笑いの舞台って、いいのか悪いのか、演劇や音楽ライブと比べてチケットが安いんです。

 

それに、華大さんがいつもテレビで言っているように、全国で営業があるから、あなたの近くの町に来ることも、きっとあります。

チケットよしもとなら、好きなよしもと芸人さんの名前で検索できますよ。

よしもと以外の芸人さんは、チケットぴあで検索するといいかも。

 

ああ、願わくば華大さんが、おじいちゃんになるまでずっと漫才を続けてくれて、それが定期的に見られたら、とても幸せだなあ。

もし福岡に帰られるなら、通う気マンマンです。

 

あと、もしこれを読んで華大さんのことが気になった方がいたら、大吉先生のコラムもおすすめです。

私など足元にも及ばない、すごい文章を書かれているので(読むと毎回涙目になる)。

 

最後に、昔ひとりで九州をまわったときに好きだった場所の写真を置いておきます。

新幹線・LCC・フェリーでも行ける、九州。

旅行の計画を立てるとき、ぜひ候補に入れてみてください。

 

宮崎・鬼の洗濯板

 

宮崎・青島。まさかここで結婚式をするとは思わず。

 

神話が息づく宮崎・高千穂

 

 

鹿児島・霧島神宮

 

鹿児島・知覧の武家屋敷のねこ

 

屋久島・白谷雲水峡

 

屋久島のヤクシカ

 

屋久島・ウミガメが産卵する浜

 

熊本・阿蘇

 

熊本城(2009年)

 

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